d0iの連絡帳

気がむいたら書く

自由と束縛と仕様と技術と

最近W3Cの戦略を聞いたり*1、いろいろ考えたりして、ようやく得心したことがあるので簡単にメモ。

IETFあたりの文化圏では(少なくとも表向きは)技術の発展にとって特許とか邪魔なだけ、という文化が見え隠れしていて、自分もそちら側の文化にどっぷり漬かって育ったせいか、そういう思考パターンを強く持っています。

ですが、技術ではなく「標準」である以上、単に良いアイディアだ、皆で使おう、というだけではなく、無軌道な逸脱を許さない何がしかの強制力が必要です。IETFは、「技術者コミュニティの善意」でこの強制力の欠落を補ってきたのかなと理解していますが(間違っているかもしれません)、一方、善意であるがゆえの問題もたまに(よく?)見られます。例えば、「汎用データフォーマット「MessagePack」、IETFでの標準化でゴタゴタが発生中 | スラド」 みたいな話は、ある意味善意と善意のソリが合わなかったという事故であり、それ故に面倒極まりない。


こういった時、実は特許を持っていると有利だったりする。つまり、ある仕様の特徴要素を権利化してあれば、仮にその仕様の利用者に対して特許の無償提供を認可したとしても、その仕様を勝手に改変する善意の技術者に対する制動力として働きます。

オープンな標準であろうが、というか、オープンな標準ならばこそ、こういった制動力が必要なのではないか、と。

例えばaltroot問題にせよ(古いな!)、身勝手なTCP仕様でソコノケソコノケと他人のpacketを押し退けるTCP Stackみたいな問題にせよ(古いな!)、適当に仕様の一部をつまみ食いしてどんどん派生物を増やしてしまうような問題にせよ、ちゃんと準拠してくんないとこの特許は無償ライセンスしないよ、という強制力があれば、少なくとも業として技術を使っている立場であれば無視はできません。

どうやって権利化された技術を上手に標準の要石として組み込んで行くか、どうやってその権利化の労力に報いるか(あたり前ですが、MPEGのようにパテントプールでがっぽがっぽできる事例は数えるほどしかありません)、そして権利で守られた標準をどのように運用するか、そういった議論は、なかなか表だってやるのは大変ですし(さらに英語でやられるとわからないですし)、純潔をもって良しとする技術者にとっては、意欲を持って取り組みたい問題ではないでしょう。僕も嫌です。


普通は標準化の場において特許が取られている技術は嫌われます。これは文化的な側面もあると思いますし、防衛本能的な側面もあると思います。多分技術者が知財権を嫌う理由の一つが、これによりイノベーションが、というか「おもしろいこと」ができなくなる可能性があるからだと思います。技術は自由な競争あってこそ良いものが生まれる可能性が増えるというのは原則として正しいと思います。ある技術領域を権利で固めてしまうと、より良い技術の登場を阻害します。権利で固めた堅固な技術は、言ってみれば森の中の大木のような存在で、その回りには下草ぐらいは生えるかもしれませんが、太陽光も土地の栄養も大木が第一に奪ってしまうため、木が枯れるまでは若木が大きく成長する余地はありません。

三者的な立場で気楽にいえば、スタック構造の中心付近については権利をきちんと確保して強い強制力を持たせ、スタックの端のほうについては自由な競争に任せる、といった仕組みが実現できれば、それが良さそうに思います*2。スタックの真ん中がどこになるのかは、時代によって変わるでしょうが*3。まぁ、そうはいっても企業は利益を生むために特許化を進めますし、自分の陣地を作りたがりますし、なかなか知財部門としては「仕様を強いものにするためにRAND0で提供してくれ」といわれてウンとはいいづらい所だと思いますが。

オチなし。(最初は、IETFで発表する技術に特許取れとか言うだけ無駄だからやめてよ、という理論武装を考えていた筈なのですが、180度反対側に着地してしまった。ううむ。)

*1:聞いたのはだいぶ前なのですが

*2:c.f. http://conferences.sigcomm.org/sigcomm/2011/papers/sigcomm/p206.pdf

*3:個人的な感触としては、今のneck of hourglassはHTTPのあたりかなと。もうTCP/IPは世のイノベーションから隠蔽されていて良いはず。一方で40Gbpsのネットワークとか、802.11sとか、下は下でいろいろとイノベーションが起きてるようですが。